見て見ぬふりを、飽きるまで。

光のかけら

今日、初めての眼鏡を作った。

世界がはっきり見えるようになった。

木々の葉っぱの一枚一枚、遠くの雲の表面、そして小さな文字。

今まで見えにくさのストレスを感じない振りをしていたことに、改めて気付かされる。

今すぐ大問題にはならない程度の、小さな小さなストレス。

早く対処したほうがいいと頭ではわかっている。

面倒くさいからつい後回し。

そうやって、慌ただしい日常の中でなんとなく受け流してはすぐに忘れていくけれど、

それは決して消えてなくなりはしないから、”気がかり”という名の澱となって意識の奥底に溜まり、時折顔をのぞかせる。

だから、いつまでもスッキリしない。

そんな時ほどテレビの健康情報がやたら目について、うざい。

宿題やりなさいと言われた瞬間にやる気がなくなるアレと一緒だ。

それを見て見ぬふりをし続けるか観念するか。自分は今この瞬間にどちらを選ぶのか、ただそれだけのことなんだけど。

私は、散々見て見ぬふりをしてきた。

「もう十分見て見ぬふりをした。」

そう思えるまで、見て見ぬふりをし続けた。

相当なガンコ者だ。

だけど、もう十分って思ったから、私は動いたんだろう。

今日は、私が見て見ぬふりを一つ終わらせた記念日だ。

これと言って意味のない日記だけど、私の人生の「初めて」をここに一つ記録できた。

私の”見て見ぬふり”は、まだいっぱいある。

そのお話はまた今度。

それにしても、私は眼鏡が本当に似合わなくて気が滅入る。

鼻の付け根もムズムズする。

レンズにキズを付けたりどこかへ忘れたりしないかという心配事も増えた。

新しい自分に慣れるまで、まだしばらくかかりそう。

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